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第一三章 「松の日記 その五」  

 
 
一月一日 元日
 
 晦日、新年の準備を済ませて後夕刻より社に入る。朝から雪模様、昼を過ぎる頃には既に一寸程度境内に積もりおり。人気の失せたる時を見計らい、草履片付け格子戸を閉ざし、用意の金屏風の後ろに一人座して氏子衆が参りに来るを待つ。
 
 人気のない内にと、いそいそと腰下に手習いの台差し入れ、緋袴低く押し下ぐ。白衣と襦袢狭くくつろげ臍窩覗かす。忽ち寒気に腹凍え、指にて臍下撫づれば鳥肌立ちおり。
 
 夕餉の刻を過ぎた頃より氏子衆入れ替わり立ち替わり現れ、それぞれ大鈴を振り、賽銭を投げ、願い事呟きつつ熱心に祈る。「夫が恙なく戻るよう……」と言う声に続き、「父上の無事を汝も祈れ」と幼き子供を促すは新田の嫁か。老夫婦二人で賽銭の代わりに米を流し入れ、数分に渡って息子と思しき名を唱えるは鎮守の森の裏の夫婦か。
 
 その声を聞きしうち、氏子衆の祈りを盗み聞きしつつ臍晒して息荒げおる吾のあまりの不敬、慄然として悟りて青ざむ。ただちに衣擦れの音立てぬようにしつつ肌を入れ、姿勢を正し、心の内にて氏子衆に詫びつつ息を潜めおり。その時吾が心に常の如き腹への萌し微塵もあらず、ただ氏子衆の祈りの聞き届けられんことを一心に祈りしのみ。
 
 夜半頃、二年参りの氏子衆百余名境内に集まる。それぞれ前もって賽銭を投げ、隣村の寺の除夜の音を待つ。微かに鐘の音耳に届けば氏子衆一斉に柏手を打ち、口々に祈り、また手を打つ。
 
 わが身に異変起こりしはまさにその時也。
 
 瞬時に臍下丹田に異様な熱き力の漲るを感じ、思わず腿開き下腹押し出す姿となる。常の手習いでの心地とは天と地ほども異なる快さこの身に満ち、身体中に渦巻くその力吾が脳天より一息に迸ったように感ず。恍惚の内に思わず天を仰がば、桃色の一条の眩き光神域の天井を貫きて消えおり。
 
 その時、境内の氏子衆より驚きの声あがり「あの天に昇る光の柱を見よ」、「不思議なことだ不思議なことだ」と大いにどよめくを聞く。忘我の内に眼大きく見開き、口大きく開きて吐息を漏らせば、その光恐ろしきほど太く揺らめき、境内からまた氏子衆のどよめき聞こゆ。その時吾は果てしなくまた底知れぬ法悦の境地にあり。
 
 その時、氏子総代の声ありて曰く、「あれは氏神様の御姿なり。皆の祈り確かに聞き届けようとの御徴に他ならぬ。伏して拝め、早う伏して拝め」と。氏子衆の境内に這う音聞こえまた感嘆の声満つ。その声に答えるかの如くこの身体に新たに力満ち、この身体震わせる度に新たな光が脈を打ちつつ吾が脳天より発す。
 
 暫し快さにこの身震わせ光漏らしておりしが、いつしか自失。その後のことは記憶にあらず。今朝目を開ければ自宅の座敷に寝かされ、総代その他の氏子衆が吾を覗き込みおり。昨夜のことを問わず語りに告げ、不思議じゃ不思議じゃと繰り返す。「巫女殿も光を見たか。そうかそうか。火事ではと思いて確かめに裏手から入りなされたな。光に目が眩みて倒れたか。」と勝手に合点し興奮醒めやらぬ様子にて、かねて用意の年始用の酒食供せば飲み騒いで帰りぬ。 一息つきて後社に出向けば、初詣の氏子衆大勢集いて騒々し。吾もまた柏手を打ち、切腹本願を祈念す。夕刻まで社にて氏子に札配り、酒を供す。

 今朝気づきしが、吾が胎内に熱く宿るものあり、脈打つ如く微かに胎動す。これら怪異にさすがに憔悴、何も考えること能わず。 

 
 
 
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